平成が終わるけど昭和生まれのアラフィフにとっては正直、平成の記憶薄い。つい最近の出来事のようで記憶に定着してなくて草

平成が終わる

平成史」佐藤優(元外務省主任分析官・作家)/片山杜秀(思想史研究者・慶応大教授)
小学館


平成史

バブル崩壊、オウム真理教テロ、福島原発事故。
何が起きたか。なぜ起きたか。
同時代に生きる二人が政治、経済、事件、文化を縦横無尽に語り尽くす。

帯コピーより

分厚い本ですので今回は第1章からの要旨・抜粋・感想です。
【】内が感想です。

平成史(佐藤優・片山杜秀)感想.要旨.抜粋

コラージュしてみました

バブル崩壊と55年体制の終焉(平成元年〜6年)(1989〜1994年)

天皇が中国と沖縄を訪ねた意味

P.19
佐藤:日本人は歴史認識の前提として明治、大正、昭和、平成という時代区分を自然に受け入れています。
でも天皇の代替わりごとに歴史を括ることは、世界の普遍的価値観からすると極めて異質な分節化です。

いま最高指導者の代替わりで歴史を区切っているのは、日本以外ではカトリック教会やロシア正教会か北朝鮮くらいでしょう。
片山:明治維新で西洋型の近代国家を急造しようとするとき、天皇しか日本国民をまとめるものがない。将軍が大名をまとめ、大名が民をまとめる。このシステムを壊して、身分制度もやめて、あとに残るのは国民意識が未成熟な民だけということになると、まとまりが作れない。
そこで将軍を任命していた天皇を立てて、あとは全部中抜きにして、天皇と民の二種類しかない国民国家をデザインした。あくまで建前ですが。


平成は、昭和には露わにしないで済ませてきた戦後日本の歴史的課題が表立った時代と捉えられるでしょう。

佐藤は1960年生まれ(昭和35年)
1960年生まれと63年生まれ(片山)では微妙に世代が違う。

佐藤:片山さんはウルトラマンを見た世代ですよね。
でも私は科学や文明の歪みをシュールに描いたウルトラ Q から見ていたから怪獣と戦うウルトラマンが登場した時には意外な思いがしました。

片山:私も幼い時からウルトラ Q を見ていたとはいえ、仰せの通りで初めて見たのは再放送です。
カラーのウルトラマンやウルトラセブンを知ってから、白黒のウルトラ Q を見た。
時間にするとほんの少し遡るだけなんですが、神代と人代くらいのイメージの落差があるんですね。 そこは大きいかもしれない。
【ウルトラQってどんなの?ゴジラみたいな感じか。同じ大きさの戦う相手(ウルトラマン的な)がいないタイプなんだね。】

P25
佐藤:崩御の2週間ほど前に日本政府から在ロシア日本大使館に「崩御近し」と連絡が入りました。
ロシア人との宴席やパーティーは自粛するように、とのお達しもあった。
そして崩御の報が入ると すぐに大使館に半旗を掲げて、弔意を示す貴重の準備を始めた。
さらにソ連側から大喪の礼に出席するのは誰か、ソ連の対日政策はどう変わるのか見極める・・・。
まさに仕事として昭和の終焉に立ち会いました。

P26
片山:渋谷も60年代までは怖い街でしたよね。
それが70年代にパルコなどができて、公園坂を歩くのが格好いいとかいうことになっていった。
遅れて80年代ですか。池袋が渋谷化していく。
70年代は池袋の文芸座に映画を見に行くときは途中の道をずいぶん気をつけて歩いたものですが

急速に変わったんですね。セゾン文化の発信拠点の重要なポイントになって。
本を買うのはリブロで、レコードを買うのは WAVEで、どちらもセゾンのブランドであって、 西武百貨店池袋店に巨大な店舗があって、銀座や神保町よりも文化芸術的にすごい感じがあったかもしれません。
【え? 池袋>銀座・神保町!?マジか..】【セゾン・西武黄金時代あったね..。堤会長…】
映画館はあっても劇場には恵まれてはいませんでしたが。【なるほど頷ける】

佐藤:私はその感覚が共有できない。その上赴任したソ連では、ゴルバチョフのペレストロイカが始まっていた。【懐かしいな、お元気かなゴルさん】
モスクワの自宅で見たホイチョイプロの「私をスキーに連れてって」「彼女が水着に着替えたら」が私にとってのバブルなんです。


パソコン分厚い・・。オフィスでタバコ吸ってる・・。
原田知世ちゃんかわいい・・・。

バブル崩壊でファミレス進化

P30
片山:—今振り返ると90年にバブルがはじけたとはいえ、その後も何年かはバブルの余韻が残り、しばらくみんなボケっとしていた印象がありますね。
【日本人だいたいいつも他人事みたいにボケっとしてる】


平成元年(1989年)ベストセラー・話題作


佐藤:バブル崩壊がどこに行き着いたのか。最近テレビを見て気づいたんです。「東京タラレバ娘」だったんじゃないか、と。【佐藤さんそんなドラマ見るんだねえ…誰かの本の書評で佐藤さん書いてたけど、クレヨンしんちゃんも読んでるんだよね。かわいい。】

一言で言えば、タラレバ娘で描かれていたのは生活保守主義です。
アラサーの登場人物たちは、高い理想を掲げつつも、仕事はおろか、結婚もできず。かといって、不倫はもちろん“セカンド”もダメ。
それは30を過ぎたら生活や人生がどうなるかわからないという不安を抱いているからです。

片山:不況の中で育った若者たちは騙されていたと気付いたんでしょうね。
自由だ、自由だ、と言われて、実は捨てられているのだと。
そこで身を守る術を発達させる。夢よりも用心。不自由でも安全。【うんうん】

片山:今の若者たちはお金も使わず、物を持たないとよく言われますが、バブル崩壊以前の戦後日本とは全く価値観が違いますね。高度成長期にはお金を使って物を増やす。そうすれば誰かが構ってくれて結果オーライ。予定調和を信じられていた。

佐藤:現実でも私の周囲の女性編集者や研究者は20代後半で駆け込み結婚をしています。彼女たちは、男女雇用機会均等法や「女性の活躍」という言葉を冷ややかに見ている。【そらそうだ。だって空疎なものだよ】

驚いたのは、恋愛結婚は嫌だと言う女子学生が少なからずいること。付き合っている男はいるけど、男を見る目に自信がないから恋愛結婚したくないと言うんです。【なるほどなー。見る目に自信がないから、学歴や年収のスペック基準に頼るってのもあるのかも】
でも、よく聞いてみるとまた違う理由がある。知らない男を家に連れて行って親との軋轢が生まれるのが嫌なんです。

片山:—少しでも軋轢を減らし、リスクを逓減して 少ないエネルギーで身を守ろうとする意識は本当に高い。【超わかるー】
その一方で、例えば予備自衛官の訓練を受けている学生もいます。【わからんわー】
頭のいい大学院生は外国に逃げ出したり。

彼らは、バブルを経験した世代、いや、 高度成長を当たり前と思った世代とは全く違う価値観で生きています。【無論】

世界史と相対化させよ

片山:国外に目を転じれば、バブル崩壊前年の89年にベルリンの壁が崩壊、91年にはソ連も消滅しました。ソ連崩壊を抜きには平成は語れない。

佐藤:当時私は民族問題を担当していました。ベルリンの壁が崩れた後、バルト諸国で独立運動が深刻化して、東欧諸国で次々と革命が起きた。さらにモスクワで発生したクーデター未遂事件がソ連崩壊の引き金となった。—

片山: すると現在の不安定な国際情勢に既視感をお持ちではないですか?

佐藤:あります。— 結果、極端な格差社会が生まれて、殺しが続いていく。私の新自由主義嫌いは理屈ではなくて、モスクワで見た現実が根っこにあります。

国家の暴力性は嫌というほど実感しました。
後の話にはなりますが、私は鈴木宗男事件で東京地検特捜部に逮捕されているでしょう。
特段逃亡もしないし、罪証隠滅もしないんだけども、02年5月から03年10月まで「小菅ヒルズ(東京拘置所)」の独房に512泊もした。

片山:—村上春樹の「騎士団長殺し」にも佐藤さんを想起させるような人物が登場します。【へえー!騎士団長殺し読みたくなってきたー!】

佐藤さんは平成史の肝と言えるソ連崩壊に立ち会った。
日本ではソ連が崩壊した時に社会主義は終わったと誰もが思った。【たしかになー!】

だからこそアメリカの資本主義や政治をコピーすれば、日本も100年は安泰と一時的にも信じられてしまった。【確かにそれあった感じするよね。】そこに大きな間違いがあったと思います。

宮崎勤事件と仮想現実

佐藤:平成に入って私が異常だなと感じるのが個人情報保護の流れです。 住所まで隠す必要があるのかやり過ぎではないのかと思うのです。

片山:そこは慣らされては困る話ですね。かつては作家の住所も公表されていた。 と言うか、本の著者紹介に学者でも詩人でも所番地まで出ていたでしょう。

佐藤:今プロフィールに住所を書く作家評論家は鈴木邦男くらいじゃないですか。「来るなら来い」 という感じで(笑)


鈴木邦男の著書


片山:でも本当に襲われる危険性もありますね。ストーカー事件もあるし、実際に地下アイドルがファンに切りつけられる事件も起きました。自宅ではなく路上で襲われたわけですが。

とにかく個人情報保護で年鑑や人名録がなかなか作られないから、ネットなど非公式な情報が大きな力を持つ。アングラ情報です。

国会議員も最近はアングラ情報をもとに質問しているし、学者でも非公式な噂話レベルのものを垂れ流していることもあります。
情報が保護され過ぎると闇情報が氾濫する。

片山:現実と仮想の区別がつかないのが“当たり前”になった時代のシンボルが宮崎勤ですね。
佐藤:宮崎事件*はオタク文化や引きこもりの文脈で語られましたが、犯罪は時代によって意味づけが変わります。
もしいま宮崎事件が起きたらサイコパスとして扱われるのではないでしょうか。

宮崎勤事件・・・*88年から89年にかけて女子児童四人が誘拐殺害された事件。被害者宅に児童らの身体の一部が、マスコミには犯行声明が届き、社会は騒然とする。89年7月現行犯逮捕される。08年死刑執行。

【当時高校二年生の多感なお年ごろだった私は、この事件に戦慄もしたけど「なんか、時代が変な感じに動いてるな」と肌感覚で思ったものだよ、当時。恐怖の前に、なんだか時代が変わる感を田舎の一高校生だけど感じた。たぶんただ単に多感だったからだと思う。大人の階段上がりかけだし。今えぐい事件や変化が起きてても、この頃感じてたような、元号や時代が変わるのと自分の内面が変わるのとがリンクしてる感覚、ないもんな、今は。他人事。あの頃は若く柔らかかったんだ。】

P40
今ではオタクは、クールジャパンにつながるカルチャーとして認知されていますが、オタクが初めて本当に注目されたのはやはり宮崎事件ですね。

佐藤:ユーミンの「まちぶせ」もストーカーの歌ですからね。

【笑。そーなると、あみんの「待つわ」も怖いよね】

時代は進みますが桶川ストーカー殺人事件が起きたのが99年。その翌年にストーカー規制法が制定されます。

片山:ストーカーが社会的に認知されて恐怖されるようになった。それは平成の新しい現象でしょう。
コミュニケーションの不全な人間はいつもいるけれど、 それを管理し制御することが社会にできなくなった。閾値を超えたというか。 —
ストーカーは新しい人種ではなく、それを止めていた家族や共同体の方が壊れたと考えるべきなのかもしれません。
つまり社会が崩壊してある種の人たちが目立つようになって、ストーカーが平成のキーワードの一つになった。【確かにな…】

右傾化の原点

P43
佐藤:政治の枠組みが大きく変わるきっかけになったのは92年です。

東京佐川急便事件で自民党の金丸信が東京佐川急便から5億円のヤミ献金を受け取り、政治家や官僚の汚職や腐敗が社会問題になった。その中で実業家と右翼団体という暴力装置との絡み つまり表の世界と闇の勢力のつながりが明らかになりました。あれ以降闇の勢力は表に出てこなくなった。

片山:東京佐川急便事件が引き金となり、翌年の93年に55年体制が崩壊します。社会に金権政治は許さないという空気が生まれた。
【佐川事件ってあったな。。ガキで把握はしてなかったけど。今じゃそんなこと言ってる人いないもんね】

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以上、第一章「バブル崩壊と55年体制の終焉」平成元年→6年(1989-1994)からの要旨・抜粋・感想でした。

第二章の感想・エッセンスも近日公開予定。


平成六年(1994年)ベストセラー・話題作

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